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多分駄文日記 | テイルズウィーバー

TalesWeaver テイルズウィーバー ドゥルネンサ、通称$鯖に生息するミラ 壱無知 來智の贈る生産性のない、 無駄駄文なブログ
捻れ、繋がる、人 最終話
- エピローグ -

二人は姿を消しました。
ルルア、トレイスの両親にはそう説明した。トレイスは魔術暴発後、
意識を失い倒れたまま、今もまだ回復していない。
帰ってくることはない。最愛の姉、心から信じた師、二人は最悪の
形で失われた。裏切りの真実、別れ、どん底にまで貶められたこの
先、トレイスは這い上がってこられるのだろうか。
心に深く癒えない傷が刻まれた。
今は時間が必要だ。
一律に留まることなく流れる時間で少しでも薄まるように。

未来は果てしなく無限の可能性で溢れている。
トレイスがこの先、立ち上がり、強く優しく、笑顔でいる未来が沢
山存在しうる。
そんな彼と再会出来ることを願う。


街を見下ろせる丘で、太陽は今日も存在を主張するように、眩しく
景色を照らす。
晴れやかから程遠い心境と面持ちに、責め立てるような太陽の光は
目を背けたくなる程に痛く、ジメッと滲む汗が不快を上塗りする。
風が髪をなびかせるも、涼しさをもたらすことなく、乾いた空虚な
感情を揺り動かし、左手に持った小瓶の重みが増すだけだ。

足のすね近くまである、少し大きめの石の前で屈み込む。
先ほど近くで見つけたもので、街が見えるこの場所まで、運んだば
かりのため、見た目通りの重さに腕の感覚がいまだに鈍い。
脱力しきった腕に、過負荷を容赦なく与えるべく、鞭打って残った
力で石の手前に浅く穴を掘り、手に持った小瓶のコルクを抜くと、
瓶の口から煙が俄かに霞む。
真っ白い砂のような、手に乗せると水のようにさらさらと流れてい
きそうな細かい粒子、吹けば音もなく飛んでいき、空気と混じり溶
けていくと思わせるそれは、ルルアとメイデルク、二人の命の跡だ。

夢を塞がれた末に薄い誇りを捨てきれず、憧れた魔術のために人生
と恋人を賭け、自己満足と自己顕示に盲目したメイデルク。
愛する者のため、死すら恐れずに全てを委ね、全てを捧げ、献身に
生きる意味を見出したルルア。

あの時の言葉がまざまざと蘇る。

「あいして……」

この言葉には続きがあったのだろうか。
『愛してる』と、ルルア本人の気持ちを最後に伝えたかったのだろ
うか。
それとも『愛して』と、魔術に憑かれ魔術しか見えなくなっていた
メイデルクに対して洩らした願いだったのだろうか。

零れ落ちる二人の結晶が地へと吸い込まれ、新雪のように、白が広
がっていく。
小瓶に少し残し、蓋をして穴へ埋めた。
黒く重いモヤが胸を圧迫し苦しく、喉が捻られるほどに悲痛で、後
悔と自己嫌悪が押し寄せては責め立てる。

私は何をした。

何故足が前へ動かなかったんだ。

何故救うことが出来なかったんだ。

弱いから。弱いから。弱いから。私は弱いから。

まただ。まただ。まただ!

何度となく自分の弱さに打ちひしがれ、何度となく認識させられて
いるはずなのに、それでも私は弱いままだ。

守りたいものがある。もう二度と失ってはいけない大切なもの。

目の前が暗く深く不快で膨大で暴虐な闇に覆われ、 何も見えずに、
何も聞こえず、自らを責め、責められ、殻を閉じ全てを閉じ、動か
ず、喋らず、己の意識を拒み、寂寥と苦心に苛まれ、自分と世界を
絶望した『あの時』。
あんな気持ちをもう感じたくはない。
強くならなければならない。
頼られたときに救えるよう、僅かな希望を確実に掴むために。
恐怖、怯えを寄せ付けず、躊躇い、後悔を生まないために。
確固たる意志を貫き、揺るがない自分であるために。
自分の過ちに気付き、繰り返さないために。
そして、笑顔を守れるように。

滲んだ瞳を乾かすかのように、丘に風が舞い降りる。
簡素な墓石は二人分の想いを背負って微動だにせず、一望出来る街
を見下ろす。
始まりの場所である図書館が一際高く聳えていて、魔術の話題で盛
り上がる二人の姿が脳裏を掠める。
この場所を選んだ理由でもあった。

ふと、目線を下げる。
絶大な疲労を抱え、千鳥足で丘を登ってくる少女がいることに気付
く。
フラフラと亀にも負ける速度で、しかし、それでも立ち止まり、休
まずに登り続ける彼女。
出掛ける前の私の不器用な微笑みが気になったのだろうか。
心配をかけさせないよう下手に振舞った会話に、小首を傾げていた
ことが思い起こされる。
彼女は顔を振り仰ぎ、私を確認すると、柔和な笑顔で手を振った。

私に笑顔をくれる大切な少女。

私が命にかけて守るべき者。
トレイスがルルアへ向けた思い、ルルアがメイデルクへ向けた感情。
想いが、繋がりが、心に強固な芯を通す。

どこかよくいる物語の主人公さながらに、打ちひしがれ、起き上が
り、噛み締め、強くなりたいと願うように、私も類に漏れず、誓い、
願い、刻む。

もうこんな惨めな思いをしないために。
意と共に身体を翻し、墓石に背を向け、歩き始める。

失わないための一歩を。繋がりを守る一歩を。


                          完


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捻れ、繋がる、人 第八話
- 8 -

「……やめろ……
やめろぉぉぉぉ!!!!」

メイデルクが詠唱を始める。途端、底なしのように真っ暗な足元に
光が点り、輪を形どると内部に正五角形が浮き上がってくる。
光の総量が増し、引力とも言うべき力が足と地面を繋ぎ止め、過負
荷な力に身体も捕らわれる。

「―――イグニション」

目の前が白一色に覆われ、爆発する。

白熱が闇を照らし、輝かしいまでの光量が舞い上がった。

爆風に顔を撫でられ、光の柱に目を留めた。
空へ伸びる白光はまるで、月へと誘う地上との架け橋のようであっ
た。

「……避けましたか」

正確無比で詠唱速度も非常に速い。
詠唱開始、魔方陣完成、発動に一秒もかかっていないだろう。
魔術制御の質の高さは本物。ここまでの魔術へ至るに一体どれだけ
の訓練をしたのだろうか、どれだけルルアの魔力を酷使したのだろ
うか。
状況は一刻を争う。メイデルクに魔術を使わせるわけにはいかない。
早急に拿捕し、行動に制限をかける必要がある。
身体を傷つけず、また魔術も使わせないようにしなければならない。
―――懐に入り、一撃を加え意識を絶つ。
それによって生じる多少の痛みは仕方がないだろう。
魔術を使い続けられるよりは良い。

光の柱は未だ空への繋がりを太く保ち、私とメイデルクの顔半分を
照らし続けている。
右は薄く浅く明るく、左半分は濃く深く暗く。
まるで内面を曝け出させるように。
私は光から目を逃がすように闇へ身体を傾け、溜め、瞬発。
踏み、噛み、蹴り、駆る。
接近、近接、着地。
目を見開くメイデルク。
近接戦闘の経験はないのだろう。
それでも無意識の防衛反応が腕を動かす。
私を跳ね飛ばそうと身体を狙って突き出してくる。
威力も迫力もないメイデルクの突き手の側面に、左手首を噛ませて
少し軌道を変えてやる。
バランスを失うメイデルク。
いなした力と踏み締めている足、腰へ力を伝え、捻る。
右肩、肘、握る右手。
左側面からがら空きな相手の顎。
腰を落とし開いた両足、回転軸、肘を介し、斜め下から狙いを定め
る。

―――捉えた。

その時、


「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


肘に溜めた力が留まる反発力と打ち消えるように逃げていく。
咄嗟に声のした方へ顔を向ける。
そこにはルルアと、支えるように肩を貸すトレイスが立っていた。

力なくふわりと私から体を離すように後ずさるメイデルク。

「……やめてください。彼を、傷つけないで……」

嗄れ枯れに必死に声を出すルルアは、立っているのもやっとと言っ
た様子で、額からは汗が流れ落ちていた。

「ルルア……」

若干距離をとったメイデルクの呟きが聞こえる。

「……お願いです。彼を、責めないで」

懇願。いつから居たのかはわからない。それでも事態をほぼ把握し
ているような物言いだ。

「やっぱり、わかっていたんだね。自分の病気の原因を」

私の問いに真摯な目をしてコクリと頷くルルア。
先ほどは無言で通し、先送りにした答えを、聞いているような感覚
に襲われる。
ルルアの着替えの際、彼女の右腕を持つと、顔を顰めた。
確認してみると怪我をしていて、何時の怪我なのか、どうして怪我
をしたのかなどを聞いても無言で通されたため、確証は得られなか
ったものの、無言こそが、推論の肯定をしているように思えた。
同時期に同場所に傷、魔力の損失、これだけでもメイデルクとルル
アとの密接なリンクが想像される。

「魔力を通してかどうかはわかりません。でも、彼の想いはいつも
私に届いていました。心が繋がっているんです。魔力がなくなって
しまう原因もわかっていました。でも、それで構わないから、私は
彼の望むままに・・・・・・」

「自分が傷ついてもいいっていうのか?」

「構いません。彼の痛みが少しでも和らぐのなら、どんな痛みだっ
て替わってあげたい」

「魔力だってなくなってしまえば、身体にどんな影響があるかわか
らない。今日だって命を落としかけただろう?しかも、メイデルク
は自分の欲求のためだけに魔術を使っているって、そんなのが許せ
る!?」

「許せます。むしろ望んで私の魔力を使って欲しい、とさえ思って
います」

弱弱しい外見からは、想像も出来ないほどに、力強い目をしている。
傷を負うこと、死すること、自らが犠牲になることに疑念すら浮か
ばない強い信念が見て取れる。
他人のために自分を殺せるというのか。
他人のために全てを捨てられるというのか。

「彼は私を必要としてくれています。彼のために生きていると実感
出来るんです。そして、繋がっている感覚、共有できる意識を失い
たくないんです。彼が望むのなら、私の魔力で良ければ幾らでも使
ってほしい。
死んだって構わない。彼が満足するのなら、幸せになれるのなら、
どうなったって構わない。
傍にいることは出来なくなるかもしれない、彼に抱きしめられるこ
ともなくなるかもしれない、それでも、それでも私は幸せ。
それが私の生きる意味だから。
それが私の生き方だから」

光り滲んだ潤いをもった瞳。瓦解する寸前のダムのようなルルア
の瞳から、ゆるりと一筋の涙が落ちた。
それがまるで合図であったかのように、一人で置いていくな、と
言わんばかりに、追うように、止め処なく涙が溢れた。
気丈な表情に伝う涙。
拭き払うこともせず、流れるままに、感情を吐露したルルア。
目を真っ赤にして、それでも俯かず、私とメイデルクを見つめてい
る。涙で滲んだ視界に映っているのはメイデルクだけなのだろうか。
全てを捧げ、死をも厭わず、至福を享受し、彼女は生きている。
私よりもよっぽど強く。

これ以上はお節介なのか。
両者の間で成立している魔力の受容。
こんなにも強く、強靭な意志で、愛する心で生きている彼女が、
傷つく姿を容認出来るのか。
それでも……彼女の存在の要であり、諸悪の根源でもあり、ルルア
を傷つけているメイデルクは・・・・・・どうしても許せない。

「せ、せ・・・・・・んせ・・・・・・い・・・・・・」

閉じた喉から無理やり声を引きづり出したのはトレイスだ。
今やよろよろで力の失った体、焦点が定まらず小刻みに揺れる目、
少年の心に圧し掛かる残酷で耐え難い現実。
姉の病気を治そうと、信用信頼していた。
三人は運命共同体として家族よりも強い絆で結ばれているとすら、
思っていた。
しかし、真実は過酷に凄惨で、全ては裏切りであった。
信じ、依存の度合いが高かっただけに、裏切られたときの衝撃は、
莫大に自分を傷つけ追い詰める。
しかも真実を知らなかったのは自分だけ。
『ごめんね』
ルルアが事あるごとに謝っていたのは、全てを知っていてなお、隠
すことでの居た堪れなさからのもの。
そんな謝罪が、トレイスの心を波立たせる。

……蚊帳の外。

目の前が漆黒に、体中を冷たく悲愴な感情で飲み込まれる。
希望を裏切られた。希望が裏切った。

裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り
裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り
裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り

「せん、せいが……ねえ、ちゃんを……」

「トレイス。あなたはいいですよ。先天的に魔術師としての素養を
持ち合わせているのですから。体内から湧き出てくる魔力を使える
のですからね。しかし僕はそうはいかない。だからルルアに『協力』
してもらっているのです。ルルアは僕の力になってくれる。僕に全
てを捧げてくれる。そして、世界に見せ付けてやるのですよ。僕の
技術!知識!力を!そのために『使える』ものは全て『使う』まで
です」

―――――!!

ルルアの声を聞いておいて、それか!?
自己顕示などというくだらないものの為なら、誰がどうなろうと構
わないというのか!

「……うがぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!!!!」

私が怒鳴ろうと発しかけた声を丸ごと掻っ攫って、雄叫びを上げた
のは誰あろうトレイスだ。
まるで体から蒸気でも出ているかのように、薄く赤いモヤがトレイ
スを覆っていた。白目を剥いて、完全に我を失っている。

私の視界に光が走る。
暗闇に浮かぶ眩く美しい光。空中に黄金色の軌跡を作って飛び交う
光はまるで宇宙の縮図であるかのように、円周運動しながら、線を
描いている。
幾本もの光が線を結び、綺麗な円が出来ている。
その中心に居るのは、メイデルクだ。

『これは……!?』

っまずい!

不可解な現象に困惑のメイデルクは、光にうろたえて、動けずに、
曲線を目で追うことしか出来ていない。
加速する光の円周運動。線は厚みを増し、太く強い輝きをもった輪
へと進化していく。

「逃げてぇぇ!!!!!」

ルルアが涙を振り撒き、有らん限りの声で叫び、駆け出した。
その声にメイデルクが反応を見せ、ルルアと視線が交差する。

「……ル、ルルア……た、たすけっ………!!!!」

おびただしい数の光輪が、瞬間、弾け飛んだ。
目をつんざく光量に耐えられずに、視線を逸らす中で見えたのは、
まるで太陽でも現れたかのように、視界一面が白光に染め上げられ
た白銀の景色だった。

視神経を焼き尽くさんばかりの光は、束の間目蓋の裏に張り付いた
ようであったが、徐々に明順応から暗順応へと推移し、暗く深い夜
の黒がじっとりと染み渡り始めた。
視界が定まらないながらも視線を戻す。飛び込んだのはやはり白い
光だった。
メイデルクが燃えていた。白い業火に包まれて。

ルルアがメイデルクの傍へと歩みを寄せた。
メイデルクの方はと言えば、ひざ立ちで炎の中、すでにその動きを
止めている。
苦しげに、杭を打たれたかのように、胸を押さえるルルアは、重た
く拘束されたような足を引き摺り、弱弱しく、よろめきながら、メ
イデルクを目指して歩いている。
静寂を打ち破るように、嗚咽が場を支配した。

「……ひぐっ……い…いっ……いや……」

音も無く燃えるメイデルクを目指し、涙で顔をクシャクシャに乱し、
喉を震わすように泣くルルア。

途中、ビクンッと歩みが止まると、反面メイデルクが微かに動きを
見せた。
ルルアは心臓が悲鳴をあげているかのように、苦渋に顔をしかめ、
胸に爪を立てる。
禁呪が発動している……燃えるメイデルクの肉体を癒そうと、ルル
アの魔力を媒介に魔術が発動しているものの、白い炎による肉体の
燃焼速度が回復速度を凌駕しているために、まるで癒える様子はな
く、それでも自動的に発動し続ける魔術が、残り僅かとなろうとも
ルルアから魔力を搾り取っているのであろう。

「………い、いま、行く………から……わたし…が……たすける…
……から……」

ルルアが再び歩き始めた。か細く震えた声で、泣き声、嗚咽に紛れ
メイデルクの名を呼びながら。
二人の距離はすでに1メートル程までに狭まっていた。

「……しな…ないで……わ…たしの……いのち…を…あげる…から
……おねがい……おねがい……しなないで…………しな…ないで…」

……何が出来る。今、私は。
終わりのない魔力搾取を止めなくてはならない。

『メイデルクを……殺す……』

それしかない。
大粒の汗にじっとりと濡れたコブシに決意が漲る。

右手のブレスレットを揺らし空間座標転移を発動。
途端、重量のある豪奢な装具が実体となって右手から肘までを覆う。
腕に絡みつきトグロを巻くように締め付ける武装、ブレスレットを
揺らした要領でもう一度手首をスナップさせると、絡み付いていた
縄のようなものが解けていき、それが長く、弾力のある鞭だとわか
る。
猶予はない。ルルアの魔力が底を尽きる前に、そして一度固めた決
意が鈍る前に、決着を付けなくてはいけない。
腰を落とし、次いで腰を軸に右手を背中後方へと構え、溜める。
腕が重い。武具の重さではなく、その右手によって搾取される命の
重さであると感じた。

それでも私は

酷く鈍く重く痛く冷たく熱く震える腕を、一切の一業を排除し拒絶
するように

突き出した。


鞭の先端が鋭い切っ先となって、燃えるメイデルクの胸へと沈み込
み、突き抜ける。
肉体を貫く抵抗と厚みを伴った嫌な感触が手応えとなって腕を駆け
巡る。心臓を貫いた。

メイデルクの死。

時間の問題であったとしても、死を決定的にもたらした一撃は、メ
イデルクの残る生の代わりに、ルルアへ希望の生を託したはずだ。
ルルアの魔力欠損は無くなり、苦しみから解放される。

当のルルアがメイデルクの前で立ち止まる。

「ルルア……メイデルクはもう……」

わかっているはずだった。メイデルクの死が確実に現実となったこ
とを。誰よりも繋がっているからこそ、一番に実感しているはずだ
った。

悲しみと苦しみ、悲哀と悲痛、締め上げるほどに痛む身体と心で、
ルルアが燃え盛り息絶えたメイデルクを目を見開き見下ろしていた。


そして、次の瞬間、

一片の躊躇もなく、一切の恐怖もなく、一縷の迷いもなく、ただ、
一心の愛情で、燃えるメイデルクを抱き締めた。

「!!」

即座にルルア諸共飲んで、白い炎が勢いを増し輝きと熱を放つ。
静かに、しかし確実に続く燃焼。ルルアが口を開いて喋っているよ
うだが聞き取れない。微かに聞こえてきた言葉。

「…………あい…し…て……」

白刃の炎の中、抱き締めるルルアの顔が、安らかに微笑んだように
見えた。力強く包み込む腕は、もう二度と離れない鎖のように、二
人の心と身体を一つに繋げているようであった。



炎は二人を消し去るまで燃え続けた。
何も出来ず、誰も救えず、混乱だけをもたらした。
自分の無力さと不甲斐なさへの憤りをどこに向けることも出来ず、
握ったコブシから血が滴り落ち、固まってもなお、その場を動けず
に、私は二人の昇華を見届けるしかなかった。




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捻れ、繋がる、人 第七話
- 7 -

言葉を探すように、一呼吸置いて、しかし見事にヘラヘラ顔のまま
メイデルクが声を発する。

「―――何を言っているのか理解に苦しみますね。ルルアの病気が
僕に因るものだと言っているのですか?一体何を根拠に仰っている
んでしょうかね?」

自分とメイデルクの周りを覆う暗闇の厚味が増していくのを感じて
いた。厳格に厳粛に気持ちを保ち、冷静に事象を見つめていく必要
がある。
確固たる理由があるわけではない。
適当に言ったわけでもない。
ただ、辻褄を合わせると行き着く推論だった。
材料はいくつかあった。それがどこかで引っ掛かっていて、取り除
いていくと一本の線になったまでのことだった。

思考をトレースするように、紡ぐ言葉がダマにならないように、事
実を引き出したい。

「ルルアの右肩。見たか?大きな傷が出来ていたよ。既に包帯で処
置はされていたけど、血が滲んでいたことからも数時間前には出来
た傷だろうと思う」

「―――傷……知りませんね。僕達がマナを取りに行っている間の
ことでしょうね、きっと。食器の割れた拍子にささったのかもしれ
ませんね」

「母親に確認してみたよ。そうしたらルルアが倒れたときに、出来
たものではあるみたいだったが、服の上から皿が刺さったわけでも
なく、まるで以前からの古傷だったかのように、血が出てきて、驚
いたと言っていた。実に不思議だろう?」

怪訝な表情で、左上に視線が泳ぎ、顔を手でこするメイデルク。思
考しているということだ。
不快から脱する言葉を探している。
私は邪魔をするように言葉を挟みかける。

「そしてどこか既知感を覚えるはずだ。私だって感じたからね。
同時間、同箇所にメイデルク、お前も傷を負った。ルルアの意識が
戻った時、まるでデジャヴュを見ているようだった。
あの時、ルルアは右手を上げかけて、下ろし、左手を上げてお前の
手を探した。
魔術の発動に左手を上げたお前と全く同じだ。
そんな偶然があるか?
そんな低い確率を考えるよりも、よっぽど説得力のある考え方があ
る」

真顔で私を見つめる。先ほどまでの集中に欠けた顔からは似ても似
つかない真剣な表情。
事実を物語っているようだった。

「お前とルルアがスピリチュアルリンクしている場合だ」

真顔を受け止め、威圧をもって視線と言葉に乗せて攻める。

「スティグマ――聖痕現象ってものがある。聖痕現象は信仰宗教上
で神と同意で崇められた指導者が死した状況、例えば腹を刺されて
死んだ場合に、盲目的に信奉する信徒の中に、その指導者と同様に
腹に傷――聖痕が現れ、指導者の体験を体現する奇跡といわれるも
のだ。トリック、というか原因は、信仰からくる極限までに陶酔す
る自己暗示が、脳に異常を与え、肉体にまで影響を及ぼしているん
だが、この現象とほとんど同じことが起こっているとみていい。
お前とルルアとの繋がりが、ルルアの肉体に影響を与えているんだ
ろう」

「僕とルルアが心から繋がっている、と言うことですね。
ルルアを愛する気持ちが全てルルアに伝わり、ルルアも受け止めて
くれているという証じゃありませんか。これは素晴らしいことです
よ」

喜々として浮つくメイデルク。私は射抜くように視線を強め、同時
に釘を刺す。
ここまでならまだ、異常なまでの精神的繋がりとして、恐ろしい程
の相思相愛をもって片付けられるかもしれない。

だが……

「お前とルルア、二人の繋がりが魔力でなければ、ね」

全ての原因、元凶であろう憶測。観察、経験に基づく確証なき予測。

「どういう意味ですか」

メイデルクの声の質が、一段低くなったように思えた。
動揺している様子はない。ただ、静かに、こちらの話を聞こうとし
ている。かわすことから受け止める防御体制となったような、どこ
か身構えた落ち着きを感じた。

「―――魔力を介した繋がり。介していると言っても、恐らく一方
通行。ルルアからお前へと流れる道のみだろうと思う。
傷の話に戻るとすると、傷を受けた後、お前はすぐに回復していた。
確かデュアルドローだと言っていたな。
しかし、傷を受けたのは詠唱中だったはず。傷を受ける前に回復魔
術を使うわけがない。
つまり傷が癒えたのは、本人が詠唱し、魔術を発動したからじゃな
い。考えられる可能性としては、アイテムを使った、もしくは他の
誰かが魔術を発動させたか、だ。
しかし私が見ていた限り、アイテムは使っていないし、トレイスが
魔術を使ったような魔方陣も描かれてはいなかった。
では、何故癒えたのか。
ここでルルアの病気、原因不明の魔力欠損を思い出した。
あくまで仮説だが……
ルルアの魔力によって自動的に傷が癒えるよう身体に術式を組んで
いるんじゃないのか?
自分の身体が傷ついた瞬間に発動し、ルルアの魔力から魔術が発動。
自然治癒力の向上により、加速度的に傷を癒せるってわけ。
そしてここでもう一つ、疑問が提起される。
何故、ルルアの魔力を使うのか、ということ。
この答えは単純明快。メイデルク、お前は魔術を発動させられる程
の魔力を有していない。
いくら魔術のロジックを組めたとしても、潜在魔力がなければ、発
動させることが出来ない。
魔力を持っていないことは、蝶の木の一件で想像がつく。
蝶の木の持つ魔力は非常に膨大で、それは潜在魔力を揺り動かし、
互いに引き合おうとする力が発生する。
トレイスはその魔力の引力に身体を強張らせていた。
その中でいて、お前はまるで平然としていたな。
その時、私は、お前の魔術師としての素養評価を過小した。
怪物の木の狩りに関しても、動かないよう言い渡したのもそれから
きている。
だが、そんな予想は意にも介さず、見事な魔術を披露した。
死を直面して瞬間的に魔力が跳ね上がったのかとも思ったが、そう
ではなかったんだな。魔術の発動がルルアからの魔力供給だったと
考えたほうが説明がつく。
ルルアの病気、魔力欠損も外部からの強制的な搾取によるものだと
すれば、当然心身機能にまで影響を及ぼし、意識をも失う事態を引
き起こすし、死んでしまうことだってあるだろう。
不可解な魔術、不明瞭な病気、全てが繋がる。
さぁどうなんだ!」

これが私の推論だ。散らばった材料をかき集めて、組み立てると出
来上がった稚拙な設計。考慮不足なところもあるだろうが、骨組み
の部分は揺ぎ無い自信がある。
だんまりと言葉を閉ざしたメイデルクではあったが、顔色、表情に
変化が見られない。
呆然とまるで何も聞いていなかったかのような立ち居ずまい。
反論を考えているわけでもなく、私の続く言葉を待っているわけで
もない。ただ淡々と、存在だけするかのような、透明で薄っぺらく
希薄。
空虚な時間に慣れ親しむように、言葉を漏らす。

「論理的ですね。まるで全てを見透かしたように看破する推理小説
の探偵のようです。そして独白を始める犯人ってところでしょうか」

フフっと不敵に笑う。発せられた言葉にも重さはのってこなかった。

「先ほどの推論に勝るとも劣らない、完璧なロジックを考え付くこ
とが出来ませんよ。しっかり考えておくべきでしたね。でも、それ
でも、数ヶ月は誰にも気付かれることなんてなかったもので、慢心
していたのかもしれません。それがたった一日足らずで、バレてし
うなんて、観察力と思考力の違いというやつなんでしょうか。
恐れ入りましたよ。そうです。正解です。ルルアの病気は僕の禁呪
です」

あっさりと大したことでもないよ、と言わんばかりに告白するメイ
デルク。悪びれた様子も、慌てている様子もないことが、逆に私を
苛立たせる。

「何故、こんな事をしている!!」

「そうですね。単純です。魔術を使いたいからですよ。僕にはどう
やら魔力がないようなのでルルアの魔力を使っているだけです」

「……『だけ』、だと!?
魔力を無理やり使えば、身体にどれだけの負担があるかわかってい
るのか!身体だけじゃない!魔力が人間の活動のどの要素に関わっ
ているかってのは殆ど解明されていない。つまり未知数。何が起こ
るかわからないんだぞ!!」

「わかっていますよ。わからないことが。ガイドさんこそわかって
いるんですか?僕の苦悩が。僕の力では魔術が使えないとわかった
ときの押寄せるように呑み込むように閉ざすようにやってきた絶望
感と虚無感を」

「さっぱりだね!たかが魔術が使えないくらいで何を不自由する
っていうんだ」

「魔術は世界に宿った奇跡の具現ですよ。素晴らしいじゃないです
か。この世に生を受けて、何も残すこともなく、ただ平凡に、ただ
漠然と、ただ生きることで終わるような凡人にはなりたくないんで
すよ。僕は生きている。そして僕はここに居る。
高度な魔術を操り、力を得ることで、自己を確立する。
魔術は僕のアイデンティティーなんですよ。
僕はこれで認められる。世界が僕を見てくれる。
魔術が僕の存在の象徴であり証明なんですよ」

手振りを加えて力説するメイデルク。
魔術が自己を明確に世界へ主張する手段であり、しかし憧れた魔術
を自分の力だけでは発動させることが出来なかった。
追いかけて得ようとすれば、足元から崩され掬われたわけだ。
抑えられた魔術への妄想はメイデルクを支配した。
そして禁呪へと手を伸ばしたわけか。

「―――下らない。そんなことで世界はお前を認めない。
残酷だが、世界はお前が想像するよりも、ずっと冷酷で無関心なん
だよ。そんなことよりも、身近にお前を認めている人がいるっての
に、それに気付かないのか!?それともまだ足りないのか?
彼女を失ってもいいのか!?」

「ルルアは僕を応援してくれている。僕は僕のやりたいようにやる
だけです」

微笑むメイデルク。囚われた一意専心の志に、周りが見えていない。
世界が認めてくれたら何が起こる?何が変わり、何を失い、何を
得る?
脚光をあび、上辺の賞賛に歓喜し、至極を実感したあと、暫らくし
てきっと気付く。振り乱し、打ち払って捨てて来たものの残骸が、
足の踏み場を埋め尽くし、自分しか立てない場所になってしまって
いることを。孤独に一人しか立てないことを。

「禁呪を解け」

「イヤです」

「禁呪を解け!!」

「イヤですってば」

「このまま解かないつもりなら―――」

「解かなければ、どうするって言うんですか。僕を痛めつけてみま
すか?僕に攻撃し、僕を傷つければ、自動的に魔術は発動し、僕の
傷を癒し、ルルアの魔力を吸い、先ほどの話から考えれば、同じ傷
をルルアも負うことになるんですよ。それでも僕を攻撃しますか。
僕への攻撃はルルアへの攻撃と同義なんです、さぁどうしますか」

その通りだった。メイデルクを攻撃すれば、スピリチュアルリンク
しているルルアにも同程度+魔力喪失の危害を加えることになる。
自らリスクを負うことなく、リンクにより魔力の供給を受け、また、
他者に見抜かれたとしても、リンクのルルアを人質にすることで、
打開策を押さえ込む保険により、攻守に隙のない一石二鳥のシステ
ムと言える。
スピリチュアルリンクを解くためには、ルルアとの精神的繋がりを
断たなければならない。しかしながら、それは無理だろう。
次に魔力の供給遮断、これも非常に困難である。魔力を搾取するた
めに物理的道具を使うわけではなく、ルルアの身体に術式を施すこ
とで行っているため、原因となっているものを壊せばいい、とはい
かない。施した術者でなければ、解呪が出来ない。これが禁呪とな
っている理由である。

どうする。

「動けないでしょうね。でも僕は動けますよ。知られたまま放って
置いても構わないのですがね……多少やっかいなので、どうにかな
ってもらいましょう。そうですね、僕の魔術で痛い目にあってもら
いましょうか。
あっ、もちろん他言無用していただけるというのなら、このまま何
もしないで帰りますけど?」

「禁呪を解けと言っているんだ」

間髪入れずに同じ言葉を繰り返す。

「……そうですか。わかりました。少し黙って頂きましょうかね。
先に言っておきますが、避ければ魔術を使い続けるまでです。
……ちゃんと当たって下さいね」

口の端が引き上がり、不気味に薄気味悪い笑みと、高く気色の悪い
笑い声が夜の暗闇に響き渡った。



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捻れ、繋がる、人 第六話
- 6 -

町に到着し、門を抜けると四十代半ばほどの女性が、鬼気迫る勢い
で切羽詰った声と共に、私たちに走り寄って来た。

「トレイス!メイデルク君!・・・・・・ルルアが、ルルアが・・・」

言葉にならない女性に気後れと戸惑いから、一瞬声をつぐむ二人だ
が、ルルアという名で緊張が走る。

「――母さん、落ち着いて!姉ちゃんがどうしたんだ」

トレイスは母親であるらしい女性の肩に手を置き、落ち着きを促す。
一度唾を飲み込んだ母親はトレイスの手を取り、言葉を反芻してい
るように一拍置いて発音する。

「―――ルルアの意識が戻らないのよ!!!!!!」




四人でルルアの元へ急いだ。トレイスが先頭に立って走り、私とメ
イデルクが後ろを追う形。母親は後方を遅れて走っていた。

ルルアの症状が表れたのは二、三時間程前らしい。
母親と晩御飯の用意を進めている中、ルルアが盛り付け用の皿を出
そうとした突如、皿の割れる甲高く激しい音と、人の倒れこむ低く、
かつ重たい音がキッチンに訪れ、倒れ込んだということだった。
娘の発作とすぐに判断した同室にいたルルアの父親は、慣れもせず
混乱で慌てつつではあるが、マナを取り出して、ルルアに飲ませる
も、苦しげな表情は回復の日の目を見ず、いつも以上に辛そうで痛
そうな苦悶で苦渋な呻き声をあげて蹲るルルアに対して、声を掛け
たり身体をさすったりしか出来ずに、冷静とは程遠く右往左往する
より他なく、元々少量しかなかった頼みのマナは底を付き、医者を
呼ぼうにも隣町に診察に行っており、タイミング悪く呼べず、途方
に暮れ、それでも確かに残る希望――マナを持ち帰るであろう、二
人をまだかまだかと待ち構えているしかなかったというわけだ。

全速力で走った末、家に辿り着いた一行は、勢いもそのままに、ま
るで蹴破らんばかりに無造作にドアを開け、ベッドへ移動されたル
ルアへと急いだ。
ルルアの様子は一目では理解出来ないほど、温かみも存在も感じな
い人形のようであった。
まるで死人かと思わせるほど蒼白に塗られた顔は、血の通いを無く
した生気の感じない無感覚な表情で、髪は汗に濡れて額に張り付き、
シーツの乱れ具合からも、相当苦しんだことを想像させるのは、容
易であった。
今は打って変わり寝息すらも聴こえず、ベッドの上だけ時間が止ま
ったように静まり返っていた。
手を尽くし、手をこまねき、手掛かりを失った父親が床に腰を落と
してへたり込んでいた。
手には空の瓶が握られ、絶望に憤る気持ちが握りコブシの力強さに
比例し、示されていた。

トレイスは目を見開いて現状を理解しようとしていた。姉ちゃん!
と叫んでルルアの横に跪き、揺り動かして喋りかけるも、反応のな
い、マネキンのようなルルアに語り掛ける声は、涙を含んだ掠れて
響きにくい叫びになっていた。
先生!っと振り仰いでメイデルクの持つマナに望みを託す。

呆然と呆気に取られたように突っ立っていたメイデルクは、トレイ
スの叫びによって我に帰ったように焦点が蘇る。
マナを取り出し、無音で横たわるルルアの口元へ近づけ、零れない
よう注意しながらマナを注いだ。
祈るような目のトレイスと父親、部屋のドア付近にはようやく追い
ついた母親が息を切らしながら、ルルアの様子に息を呑んでいる。
部屋にいる全員が声を殺し、一人の音を待った。


数分・・・・・・実際は数秒なのだろう時間がゆっくりと流れ、遅れて舞
い戻った希望の糸に縋り付いていた。

変化はやって来た。

粉雪の如き白い顔に赤みをレイヤーしたように、ルルアの顔に温か
みが見てとれた。
静寂な部屋で、全員が呼吸しているにも関わらず、横に寝たルルア
の呼吸が、一際大きく聴こえてくる。
変化は色や音だけではない。
微かだが、凍り付いたように固まっていたルルアの指が、ピクリと
動いた。
こちら側から確認出来る右手が、少し上に持ち上がり、ストンっと
力尽きたようにベッドに落ちると、まるでそれが合図であったかの
ようにルルアの瞳が光を取り込む。
眩しそうに薄目で「んん・・・・・・」と吐息を漏らした。

「―――姉ちゃん!」

「―――ルルア!」

私を除く四人が、一斉にルルアに呼びかけた。
ぬめり込んで静止した時が、再び鼓動し始めた。

「・・・・・・・・・・・・メ、イ・・・・デ・・・・・・ル・・・ク・・・・・・・・・」

針の穴を通すような、細く震える声が、捉えきれない視界の中、呼
びかけられた声だけを頼りに、祈り、捧げ、求めるように、メイデ
ルクの名を呼んだ。

「・・・・・・ルルア。僕はここに居ますよ」

メイデルクはベッドの横に立ち、自ら視界に映るようにルルアの目
を覗き込んだ。
ルルアは柔和な笑顔を浮かべ、オズオズと揺れ動く左手を持ち上げ、
メイデルクの手を捜し求めた。
小さく細い繊細で精彩なルルアの手を、温かく大きな手で、まるで
軽く握れば壊れてしまうかのように優しく丁寧に包み込む。

「・・・・・・ぶじ・・・だった・・・・・・よかっ・・・・・・た・・・」
ルルアが心から安心したように言葉を紡ぎ、二人は手を結び、微笑
んだ。

トレイスは極度の緊張と疲労が晴れ渡ったように安堵の顔になり、
父親は焦げ付いたように握り締めていた瓶をそっと床に置いて、嬉
しさが零れ落ちて顔に表れる。
母親はドアに寄り掛かって座り込み、涙を流して喜んだ。
ルルア、良かった・・・ルルア・・・ルルア、っと止め処なく溢れる涙と
声が、不安と恐怖、絶望を洗い流すように部屋を埋めた。

 *

三十分後。
香り立つ湯気に、香ばしく優雅な匂いが立ち込めて、一口飲むと、
苦すぎないまろやかな味が広がり、疲労した身体、雑然と散らかっ
た思考をリセットしてくれる。
もう一口、コーヒーを飲み、それでもどこか頭に引っ掛かるものを
振り払いたくて、カップを置いた。
丁度同時に、ドアからメイデルクが姿を現し、水を頂いてもよろし
いでしょうか、と恐縮に訊ねた。
水に反応してルルアの着替えに考えが及んだ私は、椅子に掛かった
タオルを持って、着替え手伝うから入ってきちゃ駄目だよっと言い
置いてルルアの部屋へ移動した。

ルルアは突然の闖入者に怪訝に顔を顰めたが、すぐに気が付き、思
い出したらしい。
ざっくりと説明したあと、ごめんなさいっと言われて、トレイスの
言葉通りだと苦笑し、それを隠すようにタオルを掲げた。

「着替え、手伝うよ。汗すごくかいてるでしょ」

私がそう言うと、ルルアはにっこりしたかと思うと、急に慌てて
「あっ!いぇ、いいです!」と強い調子で断った。
何か隠し事を悟られまいと気が付くも、咄嗟に反応してしまい、
違和感を自ら作り出してしまうような、直感と対応の悪さが滲み出
る断り方に思えた。

「いえ、大丈夫です。汗はもう乾いてますから・・・・・・」

っと取り繕うように、先ほどの言動のフォローに入るが、口と反面
して、行動、表情が明らかに不審である。

その行動が、一連の騒動を鑑みて、小さな小さな染みとなっていた
私の頭にもたげた微かな可能性を否定したくて、虚ろに怯えた瞳の
ルルアににじり寄り、私は彼女の右手首を掴んだ。

 *
 
「メイデルク、少しいいかな?」

そんな風に、月明かりの映える夜空の下、メイデルクを呼び出した。
頭の横に疑問符の浮かんだ表情をしたメイデルクは、渋々といった
様子で私の後を付いてきた。
丁度、夕食時でどこからともなく流れてくる食欲そそる匂いが、疲
れに消費された空腹に刺激よく胃液をもたらす。
周辺の家々から漏れる灯りが、大きさも境界も定まらない模様を映
し出し、地面に温かみを塗っていた。
風は気持ち良くそよぐものの、冷たい身体で感じることが出来たの
は、流れる血の熱く循環している事実だけだ。
鼓動が早いわけではない。寧ろ平常時よりも抑え気味に脈打ってい
るのではと思えるが、音だけは大きく身体の中を駆け巡っている。

早急に確認すべきことがあった。

「こんな人も通っていない夜の街道に呼び出してどうしたのですか?
まさか、僕に襲い掛かろうなんてことは、まぁあるわけもないです
よね・・・・・・冗談です。冗談。あっ、わかってますよね・・・・・・」

惚けた調子は変わらず、石を蹴飛ばしたりして、一々動作に落ち着
きがない。

回りくどいのは好きではない。切り出す。

「メイデルク。ここへ呼んだのは、他でもなく、ルルアのことで訊
きたいことがあってね」

「――ルルアのことですか?大体馴れ初めはお話したと思うのです
が、何を聞きたいのでしょう?」

「――ルルアの病気について」

「はいはい。どうかしましたか?今日のはかなり危険ではありまし
たね。一舐めで十二分にも効果があり、症状を抑えることが出来て
いたので、まだマナの残量は大丈夫と思っていたのですが、このタ
イミングであれほど魔力に底が尽きるほどの事態が起ころうとは。
でも、間に合って良かったです。ルルアも一命を取り留めることが
出来ました。それもこれもガイドさんのお陰ですよね。まぁあの木
を倒したのは僕ですけど、僕だけではマナを得ることは出来ません
でしたから。そういえばお礼がまだでしたよね。今日は本当に有難
う御座いました。ただ欲を言えば、マナの抽出方法を教えて頂きた
いのですけどね・・・・・・これから先、またマナが無くなってしまうこ
とがあるでしょう。そんな時、自分だけで取りに行けたなら、って
やっぱり思うのですよ。駄目でしょうか?」

盗み見るように視線を寄越すメイデルク。お願いしますっと手を合
わせて懇願しているようだが、寒々しい。
そんな願いなど聞き遂げるわけもなく、私の話をずらしてくるメイ
デルクに、ほとほと怒りが表立ちそうになる。
応じる必要もなく、メイデルクの言葉は無視して、続けた。
ここへ呼んだ理由。

不信が触れる思考の中身。
雑多な破片の原像。

確信に至る核心を。

「―――ルルアの病気は、
     貴様の禁呪なのか?」




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捻れ、繋がる、人 第五話
- 5 -

「どうして見せてくれなかったんですか!?」

何度目かになるメイデルクの質問に辟易しながら、私たちは帰途の
歩を進めていた。

「だから、何度も言ってるだろう。マナ抽出法は秘匿なんだってば。
教えるわけにはいかないし、見せるわけにもいかない。手に入った
ことだし、それでいいじゃないか・・・・・・」

「どうして秘匿なんですか。怪物の木を倒したのは僕ですよ。僕の
功績なくしては、マナを得ることは出来なかったわけですし、そう
なるとどう言ったって、僕らにもマナの全てを知る権利があるって
ものなんじゃないでしょうかね。ねぇ。そうですよね。トレイスも
そう思いますよね。うん。ほら、思うって言っているではありませ
んか!」

うんうん、と多少困惑気味ではあるもののトレイスが同調の意を見
せ、頷いている。

「何を言っても、駄目なものは駄目なんだって。はい、この話題は
お仕舞い」

っと、無理やり終わらせるやり取りが何度か繰り返されているので
正直イライラしている。

魔術の収束による、炎の鎮火と怪物の木の焼失とが、確認出来た後、
木によって遮られていた奥の道を通ると、拓けた広場のど真ん中に
神聖なまでに立派で、青々とした咲いたような葉を着飾り、どんな
嵐にも微動だにしないであろう樹幹をした、樹霊木こと『蝶の木』
が聳え立っていた。
蝶の木の周りには、色取りどりに色鮮やかな蝶が、神霊のように周
回し、羽を休めたそれは立派に咲き誇る見事な花のようで、しばし
魅入られるように眺めては、現世を忘れさせる至高の時間に酔いし
れた。

マナの抽出が終わったら、二人にも見せてやろう。
前の部屋で待機させた二人を思った。

マナの抽出方法は秘匿とされている。何故私がその方法を知ってい
るのかと問われると、知らなければ死んでいたから、だったり単な
る幸運だったりするのだが、詳細は割愛する。
ともあれ、その秘技を使いマナを瓶に封じ込めた後、二人にも蝶の
木の優美な姿を拝ませてあげ、瓶を渡して、仕事は終了となった。

まぁ、どの道二人だけでは帰ることなんて出来ようはずもないし、
家に帰るまでは何たらって小さい頃の言葉も、今更念頭になんてま
るでなかったが、さすがに、森で別れるなんて無責任なことは出来
ずに、同行を共に帰りの道を歩くと、予想通りマナについての質問
が間髪置かず発射されて来たというわけだ。

納得いかず不服そうなメイデルクは頭を掻いて、ブツブツと呟いて
付いて来ていた。

「それにしても大丈夫なのか?身体が完全に貫かれてたように見え
たんだが・・・・・・」

丸く破れた服に視線をやって訊ね返す。話題を変えるのが手っ取り
早い。

「えっ、あぁ、ええ。あれくらいの傷では何てことはないですよ。
魔術にて自然治癒を普通の人の数倍にも向上させることが可能です
からね。身体を貫かれようが、痛いことは痛いですが、すぐにでも
収まりますし。傷ついてもすぐに回復、すぐに回復、すぐに回復。
云わば不死身の肉体、っといっても過言ではないかもしれません。
それもこれも全て僕の絶大なる魔力が成せる業というヤツですよ」

得意満面で饒舌なメイデルクに、やっぱ先生はスゴイやっと相槌を
打つトレイス。
しかし、腑に落ちない。幾ら魔力が絶大であろうと、自然治癒の促
進が魔術を介さず行われる、なんてことはないはず・・・・・・
しかしあの時、メイデルクは魔術を発動させた形跡はなかった。
言葉に出してみるとメイデルクは返答をよこす。

「それはアレですよ。攻撃魔術と同時に展開していたんです。デュ
アルドローって言って結構難しい魔技術なんですけどね」

「先生。デュアルドローって何?」

トレイスが興味津々に割って入る。師の魔術を目の当たりにして、
改めて心酔しているような表情に見えた。

デュアルドローっていうのは・・・・・・っと高説し始める。
もしデュアルドローであったなら、メイデルクの魔技術は一流だ。
強力無比、しかも正確にビルドし火力が全体に均等に行き渡った炎
を具現した攻撃魔術、そして、身体を貫かれても完璧に癒してみせ
た回復補助魔術。その両方のロジックを、同時に且つ完璧に組める
魔術師などそうそういない。
それに・・・・・・

「先生はやっぱ凄いや!姉ちゃんも先生に惚れるはずだよねぇ」

私の横で大声をあげて感心しているトレイスに思考は中断された。

「早く持って帰ってあげましょう。このマナがあればまた暫らくは
大丈夫でしょうからね」

「・・・・・・彼女の病気の原因はわかってない?」

彼女本人に訊いたときは、原因と呼べるようなことは何も思い当た
らない、と言っていた。彼女自身が気付いていなくても、周りの人
間は意外といろんなことが見えているもの。最も傍にいるであろう
トレイスとメイデルクが何も心当たりがないようであれば、これだ
け奇異な事象なら、先天的に発症する因子を持っていた、っと診て
しかるべきである。

「えぇ。根本的な原因はわかってはいないんですよ。彼女と出会っ
た頃は、まだ病気には罹っていなかったんですけどね。一年以上は
昔になりますか。
僕は魔術の勉強のために、国立図書館に通っていた時期がありまし
てね。そこの司書をしていたのがルルアだったんです。
図書館の五十四階にある、本閲覧室の窓際、一番前から三番目の席
が僕の指定席でした。毎日そこで魔術書という魔術書を片っ端から
読み耽ってましたよ。朝から晩までです。
様々なジャンルの魔術書の中でも、歴史、体系、技術に関して管理
していたのがルルアで、僕はよくルルアに本の場所を訊いたりして
いたんです。
二週間ほどしたらルルアは僕の席に来て、後片付けをしてくれるよ
うになったんです。そして読み終わりそうになると、次の本を用意
してくれるようになりました。ルルアも魔術書が好きだった様で、
何冊か訊ねている内に僕の嗜好が分かってきたんでしょうね。
この本を読んだなら、参考文献、連作から類推して次はこの本だろ
うっていう風に、どんぴしゃで持ってきてくれるんです。
僕の図書館通いは益々楽しいものになってきました。
嬉しかったんですよ。僕の感性に入り込み過ぎるでもなく、逃げる
でもなく、そっと横からアドバイスをくれている感じが。
魔術本に関して意見を貰ったり、時には議論をしてみたり・・・・・・
そうです、そうです、ルルアは魔力の流れの方向が魔力の内部構造
に着目してみると魔粒子と物質中の電子が光子を吸収して運動エネ
ルギーへと自ら変化させることによって飛び出し、方向付けられる
と言うエィドュプリプトス理論を支持しているようなんですが、僕
は、かの有名な・・・・・・あれ、名前が出てこないですね・・・・・・ド忘れ
してしましましたが、如何せんそんなことはどうでも良いですよね。
つまり僕とルルアは魔術に関してもそうですし、また雑多で他愛も
ない話などもするようになっていったのです。
それで本当に毎日、図書館に赴きました。もちろんルルアが当番じゃ
ない日もあったんですけどね。そんな日は少し落ち込んだりもして、
夜を待たずに図書館を後にすることもありましたっけ。
それだけでも僕の中でルルアの存在が、魔術の勉強に影響を与える
ほどに、大きなものになってきていたことが分かります。
本を読みに行っているのか、ルルアに会いに行っているのか、どち
らの比重が大きいものになっていたのか。
認めてしまえば後者ですね。そして僕は理解しました。
ルルアのことが好きなのだということを。
その後、僕はルルアに告白して、快い心地よい返事を頂きました。
最初は良かったんです。いつもと変わらず、図書館で時間を過ごす
日々が続きました。以前にも増して、僕と一緒にいる時間が多くな
ったことで、仕事を怠っている、なんて司書長からお叱りを受けた
りもしていたようですが・・・・・・でも・・・・・・
それから暫くすると、ルルアは図書館を休みがちになってきました。
理由を訊いて見ると、何だか気分が優れないとのこと。
最初は風邪か何かだと思っていたのですが、医者に診せても、特に
風邪の兆候はないとのことでした。
体調が回復しても、またすぐに身体から力がまるっきり抜けるよう
に崩れてしまう。
体力が低下している、おそらく自律神経が弱くなっているのだろう
と思いまして、自律神経は不随意で自らのコントロール外、つまり
は魔力によって制御されていることから、潜在魔力に着目してみた
のです。
そうしてルルアの病気が何であるのか発覚しました。
体内の潜在魔力が消えてしまう。何の前触れもなく。
とりあえず、応急的な処置として、マナの服用。それが最も最善で
唯一の対処方法だと判明して、方々手を廻してマナを手に入れまし
た。しかし、マナはどうしたところで後手の対処方法です。
辛く苦しんでいるルルアの痛みを、少しでも和らげてあげることし
か出来ないのです。
治すために何をすべきなのか、どう調べるべきなのか、そして一体
僕は何が出来るのか、未だに判らないのです・・・・・・」

長広舌に語ったメイデルクは、不可解な症状に対する自らの不甲斐
なさを吐き出すように、溜息をつくと、懐からマナを取り出して、
かざして眺めた。
空は既に太陽を隠し、散りばめられた無数の星と、下弦に欠けた月
が、暗く深い漆黒の中を浮遊している。
瓶に詰められたマナが怪しく神妙に光っては消え、不定期なリズム
で惑わすようにまどろんでいた。

「姉ちゃんが出掛ける時には出来る限り、父さん、母さん、先生、
そして僕の内の誰かが居るようにする。姉ちゃんは姉ちゃんで嫌が
るんだ。私なんてほっといてもいいって、好き勝手に遊んでおいで
ってね。
きっと僕たちに迷惑をかけてるってすごく自己嫌悪してるんだと思
う。自分のことだけど、自分では何もわからなくって、それは誰にも
判らなくって、その為にも先生は魔術の勉強を、今も欠かさずやって
いるし、僕も魔術の勉強を始めたりして、少しづつ憶えていってるん
だ。
姉ちゃんは私がこんなことになってゴメンねって何度も何度も謝る
んだ。僕がいくら、大丈夫って言っても、ゴメンね、ゴメンねって
事ある毎にいつもね。
姉ちゃんは何も悪くない。謝る必要なんてまるでないのに―――」

苦虫を潰したような切ない苦渋の顔で、トレイスは声を沈ませてい
き、語尾は吐き出される前に暗闇の中へ溶けて消えた。

「――謝罪の言葉よりも、感謝の言葉の方が、言う本人も、言われ
た人間も、明るくなれると思う」

常日頃、私が感じ、思うことの一つだ。
トレイスは俯いた顔をあげ、私に振り仰いだ。

「うん、そう!その方がいいよ。姉ちゃんが今度謝ったら言ってや
ろっ!」

「あぁ、トレイス、君がありがとうって使うことでも、少しは伝わ
ると思う。使い続けてれば、いつしか心から思えるようになるしね」

うんうん、と両手を組んで顔を縦に振るトレイス。か細く不確かで
拠り所のない無慈悲な事態に置いて、言葉から心を変えていくのは
有効な自己暗示と言える。

「ガイドのお姉さん。ありがと」

その言葉が三人に微笑みを与えた。


帰りの道中、三人で下らない喋りを交えて、笑い声をあげた。
専らトレイスとメイデルクの笑い声が大きく、夜の空に染み渡るよ
うに流れた。


数時間後

そんな談笑を丸々食い散らかして嘲笑うかのように、町に戻った私
たちに、容赦のない展開がもたらされる。

「―――ルルアの意識が戻らないのよ!!!!!!」




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